骨組段階

小説サークル『骨組段階』のブログ。作品情報や設定、小ネタなど更新しています。

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赤い瞳と糸と罰 

赤い瞳と糸と罰

2010.10.27 初版(コピー本)
2016.10.30 第二版(印刷所)


記事の続きから本文サンプル。


※サンプルのため途中で終わります※

 






******



  

 序章 赤い手紙



 彼は真っ赤に染まっていた。横たわる彼の背は赤く濡れ、その胸もまた同様に赤い。苦しげに胸が上下する度に、彼の口元が赤く染まっていく。そんな彼を見下ろして目につくのは、彼から流れ出る赤とはまた違う、鮮やかな赤色だった。
 真っ赤な彼を包み込むように、更に赤色が広がっている。彼の腕を、彼の足を、彼の頭を、その全てを飲み込むかのように――あるいは引きずり込むかのように、赤色の糸が彼の身体に巻きついていく。
 そんな光景を見下ろしながら、青年は小さく呟いた。
「分かるか? お前は今、侵食されてる」
 抑揚のない青年の声に、彼は微かに首を左右に振る。
「残念ながら、わからない、ね」
 荒い呼吸を混ぜながら、彼はそう答え、笑った。
「で、僕は今、侵食されてるのかい?」
 彼の言葉に、青年は黙って頷く。視界の端にそれを捕らえた彼は、嬉しそうに笑った。
「それは、残念だなぁ……。見えるとしたら、今ぐらいしかないのに」
 そう笑う彼の顔は、徐々に赤色を増していく。不自然なほどに鮮やかな赤色が、徐々に彼を包んでいく。
「残念、か。本当にお前は、おかしなことを言う。こんな光景、見ないで済むならその方が良い」
「そこまで言われると、逆に見たくなるんだよね」
 そう言って、彼はやはり笑った。
 けれども、青年にはその顔を見ることは出来ない。
 大地から伸びる無数の赤い糸。
 空中から群がる無数の赤い糸。
 鮮やかな赤い糸はその数を増せば増すだけ、その鮮やかさが増していく。
 鮮やかな赤い糸が赤味を帯びれば帯びるだけ、彼の存在は消えていく。
「僕はもう、ダメなんだろうね」
 彼の言葉に青年は頷いた。その様子を見て、彼は愉しそうに笑った。
「君も正直だよね。もっとこうさ、誤魔化すとか励ますとかしないのかい?」
「めんどくさい」
 そんな容赦のない一言を聞いて、やはり彼は愉しそうに笑う。「君らしい答えだよ」
 自分らしいと言われ、青年は内心首を傾げていた。彼と一緒にいた時間はそう長くない。そんな短期間で、一体どれだけ自分の事を理解したつもりでいるのだろう。
 けれども、今はそんな事を問い出している暇はない。仮にあったとして、問い出す手間を考えるだけで疲れてきた。青年はため息をつく。
 次第に赤く染まっていく彼の姿に目を下ろす。糸の赤味は増していく一方だったが、血の色は徐々に黒へと変色していく。
「助けてくれ、なんて言わないから安心しなよ」か細い息をしながらも、彼は笑ってみせる。「捕らえられたほうが助かるんだろう? なら今はそれでいい」
 彼の言葉に青年は驚いた。一体いつ、その事を話しただろう? 自力で調べ上げたのか、それとも、少ない情報から推測してみせたのか。どちらにせよ、視えないはずの彼が、そう簡単に出来る事ではなかった。
 青年が返す言葉に戸惑っていると、彼は顔をゆがめながらゆっくりと右腕を上げた。黒くなりつつある手には、一通の封筒が握られている。
「始まりは、ヘデラだ。君はそこに行くんだろう? ならついでに、これを届けてくれないかな」何で俺が。青年が反論するよりも早く、彼は続ける。「彼女も君と同じ――視える体質なんだ。だからせめて、少しだけでも安心させてあげたいんだ」
 そこで彼は笑った。けれどもその笑顔は今までのものとは比べ物にならないほど悲しげで、青年には単なる強がりにしか見えなかった。
 ずるいと思った。これでは、頷く事しか出来ないではないか。青年は渋々承諾し、手紙を受け取る。彼はほっとしたように柔らかい笑顔を浮かべる。「ありがとう」
 青年は手紙を受け取った。宛名が血で汚れてしまっていて確認が出来ない。誰に渡せば良いのか尋ねようとした瞬間、ブツン、と何かが切れる音がした。
 目の前に広がっていた赤い景色は、するすると大地へと還っていく。
 赤い糸も、同じ色に染まる彼の存在も、するすると大地へと還っていく。
「………………」
 何事もなかったかのように風が吹く。
 目の前には誰もいない。
 赤い景色も、広がっていない。
 青年は一人、赤黒い手紙を片手にぽつんと立っていた。
「………………」
 視線を落とす。地面に横たわっていた彼の姿はどこにもなく、ただその存在があったことを証明するかのように、地面は赤黒く染まっていた。



   赤い瞳と糸と罰




 静かだった村が静まり返るようになって、もうすぐ十年になる。
 ヘデラは小さな村だった。これといった特産品もなく、細々と作物を育てるのがヘデラの住人の仕事である。都市からも遠く、唯一誇れることといえば、雄大な自然だけである。そんな田舎に観光客が訪れるはずもなく、村と都市を繋ぐ山道を行き来するのは、ふっくらと肥えた野菜たちを売買する商人たちくらいである。
 けれども、村には活気があった。大人たちは田畑に愛情を注ぎ、子供たちははしゃぎながら野山を駆け回る。そんなささやかな活気さえ、今ではもう、見られない。
 ほのぼのとした光景が過去になる。その始まりは一人の少年の変化からだった。
 つい前日まで元気に――元気すぎるほどだった少年が、何の反応も示さなくなった。
 声をかけても返事はしない。父も母も彼の態度を叱ったが、やはり何の反応も示さない。少年の目は開いていたが、ぼんやりとしていて焦点が合わず、目を開けたまま眠っているようにすら見えた。
 何の反応も示さない――何かが抜け落ちてしまったような少年の様子を不安に思った両親は、村にある小さな診療所に駆け込んだ。医師も初めは、少年が大人をからかっているだけなのかと思っていたようだったが、食事をとらず、とろうとしない少年の様子は、たとえ健康な状態であっても正常な状態ではなかった。
 次の異常は翌日に起きた。
 畑を耕していた青年が、突然奇声を発し、山の奥へと走り去った。そばにいた父親が後を追ったものの見失ってしまう。夜になっても青年は帰らず、村人総出で青年を探した。彼が見つかったのはその翌日。崖の下で、別人のような歪んだ笑顔を浮かべて死んでいた。
 その翌日には一人の老婆に異常が現れ、更に翌日には一人の女性が行方をくらました。
 それ以降も村人に異常は現れ続けたが、ほとんどが同じパターンである。何の前触れもなく、怒りだしたり泣き出したり、喚きながら突拍子もない行動にでる。
 このような精神の異常は、閉鎖的な集落で心の闇を抱えた人の末路である。とか、よくわからない主張をした学者がいた。村の診療医が途方もない状況に手を焼き、首都の医師に相談したのが発端だった。その学者は、自分の出番だとばかりに胸を張って村にやってきた。心の闇を抱えていたらしい村人たちに、『私のように心を強く持てば、こんな状態には陥らない』と宣言して周った。そんな彼は、村を訪れて数日後に、自分の胸を刺して死んでいたそうだ。
 この学者の死が原因で、ヘデラは『のどかな村』から『危険地帯』と認識されるようになる。首都の偉い人が、ヘデラは人間の精神に異常をきたす危険な場所として、民間人の立ち入りを制限。突然の精神異常をきたすという現象を『奇病』と定義し、その原因を解明、解決するべく、大勢の学者を村に遣わした。
 事の始まりから既に十年の歳月が流れたが、未だに詳しい原因は不明とされている。分かってきたことといえば、屋外での活動時間が長い人ほど発症しやすい、という何とも曖昧な内容だけである。

  †


 遣わされた学者たちは、私より頭が良いのだろうし、私よりずっと賢いのだろう。小さな村で習える学問なんて、文字の読み書きと簡単な計算くらいだ。自分の住む国にどれだけの人間が住んでいて、どういう街があって、そこがどういう役割を果たしているのか。そんなことさえ私は知らない。私にとっての世界は、この小さな村が中心なのだから、そんなこと知らなくても別に困らない。けれども、学者たちはそれを馬鹿にする。そんなこともしらないのかと、頭を抱える。彼らは、自分たちが世界の中で賢い人間に分類されると思っていて、それを疑っていない。
 どれだけ知識があっても、奇病の原因すら予測出来ないというのに。
「全く、毎日偉そうな割りに、ほんと役立たずよね」
 私はため息をつきながら、部屋のカーテンを開けた。朝だというのに、窓から差し込むのは鈍い光。今日はくもりだ。
「あいつらが賢いなら私はどうなるのかしらね」ぶつぶつと文句をたれながら、窓の外をのんびり眺める。「……ほんと、もたもたしてるだけのくせに、偉そうなんだから」
 以前の村は、緑に溢れていた。手入れの行き届いた田畑はどこにも見当たらず、雑然とした茶色へと変色している。持ち主のいなくなった畑は、自由気ままに荒れ放題だった。
「……十年、か」
 よくここまで続いたものだと実感する。学者たちは無能かもしれないが、その間決して諦めることはしていない。彼のように明確な手がかりも希望もないというのに、一体何を原動力に調査を進めているのだろう。そのバイタリティだけは褒めるべきかもしれない。
 今の自分は、どうだろう。ほんの数日、希望が揺らいでいるだけでこのザマだ。忘れていた不安が蘇り、消え果たはずの恐怖があふれ出す。
「強くなったと思ったんだけどなぁ……」
 肩を落としながら、私はベットに腰掛けた。古びたベッドがぎしりと悲鳴を上げたが、いつものようにそれを気にする余裕は私にはなかった。
 視線を落とす。ベッドには先客。
 十年前と何も変わらない。
 十年間、何も変わらない。
 横たわったままの少年――弟の姿。
 一言も発せず、ただ視線を宙へ向けている。何も変わらない。十年も経つのに、背も伸びなければ、痩せ衰えもしない。時が止まってしまったようだった。
 そんな弟に、私は話しかけていた。ただの気晴らし。ただの日課。
「助けてくれるって言ったのにね。……帰ってくるって、言ったのにね」
 鼻の奥がつんとした。生意気だった弟は、やはり何の反応も示さない。
「私も約束、破ってやろうかしら」
 目の前で揺れる赤い糸を眺めながら、私はそんな冗談を呟く。


   †


「姉ちゃんのせいだぞ!」
 何が原因だったか。生意気だったが陽気な弟が、珍しく声を荒げていた。
「姉ちゃんのせいで――――!」
 ただ、どうして彼が怒っていたかが思い出せない。それどころか、それが何時の出来事なのか、本当にあった出来事なのかさえ思い出せない。
 その時の私は、ただ脅えていた。何に脅えていたのかも、やはり思い出せない。
「家に帰ろう?」脅えていた私は、弟にそう言った。けれども彼は、その言葉にさらに腹を立てたのか、私の手を振り切って駆け出してしまう。
 彼の小さい背中は、あっという間に小さくなる。
「クジン!」
 名前を呼んでも、振り向きもしない。弟の背中はすぐに見えなくなった。
 多分それが、動いていた弟を見た最後の姿。


「姉ちゃんのせいだ」


 その通り、なのだろう。
 あの時、意地でも一緒に帰っていれば、
 あの時、掴んだ腕を放さなかったりしなければ、
 クジンは赤い糸にとらわれることもなく、
 時間が止まったように眠り続けることもなかったのだ。
 だからきっと、この糸が見えるのは、
 私に与えられたせめてもの罰なのだろう。



(1P~5P)

 


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category: ◆小説(文字系ネタ)

2011/08/07 Sun. 16:05 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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