骨組段階

小説サークル『骨組段階』のブログ。作品情報や設定、小ネタなど更新しています。

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選択試験 


選択試験

2010.12.29 発行。三冊目。

メインキャラ:セージ



※サンプルのため途中で終わります※


******



    選択試験





 気がつけば、別の場所に僕はいた。
 僕が立っているのは、どこかの部屋だった。壁という壁は本棚で塞がれており、その本棚にもびっしりと本が埋められている。今にも本に押しつぶされて死ぬんじゃないかと不安になるほどの圧迫感だ。清々しい草原の光景はどこにもない。
 混乱するヒマもなく、僕はただ瞬きを繰り返した。
 これは白昼夢だろうか。だとしたら、僕の趣味は相当悪いようだ。目の前の男性に目を向けながら、ぼんやりと考える。
 部屋の真ん中、――僕の立っている場所の前には、ローテーブルと高級そうなソファがあった。男性はそのソファに足を組んで腰掛けながら、ゆったりと紅茶を味わっている。
 それだけなら、優雅な午後の一時とでも表現出来るのだろうが、彼の格好が異質なのである。
 燕尾服にシルクハット。ティーカップを持つ手には当然のように白い手袋をしている。(室内で手袋をする理由が分からないし、そもそも、ティーカップが滑って持ちにくくないのだろうか)そんな時代遅れの格好にトドメを刺すかのように存在するのが、大きなサングラスだ。さして日光の入らない室内で、彼はサングラスをキラリと輝かせながらティーカップを傾けている。
「やぁやぁ」
 そんな彼が、ティーカップに視線を落としたまま語り出す。
「そんな所で立っていないで、きみも座ったらどうだい?」
 あまりにも唐突に、けれども当然のように彼は言った。それが僕に向けられた発言であるということに気がつくまでに時間がかかったのは言うまでもない。僕が混乱し出したころにも、彼は僕を見ないまま言葉を紡ぐ。
「Sorry。そういえば、今は試験中だったね。私が着席を進める前にきみが座ってしまっては、きみは礼儀知らずの評価を得てしまう訳だ。けれども、これはとても私情で申し訳ないのだが、私は人から見下ろされる事に慣れていなくてね。この通り――」と彼は大袈裟に足を組み替えて、「私は背が高い方でね。上からの視線というものが苦手なのだよ」
 ようは『早く座れ』という事……なのだろうか? 僕は彼の長台詞に呆気にとられながらも、すぐ後ろにあったソファにそのまま腰掛けた。高そうなソファは革張りで、その存在感をしっかりと感じる。どうやら夢ではないらしい。
「……あの」
 と、僕が口を開こうとするのを、彼は左の手の平を見せる事で制止した。
「Secretだ」ふるふると、何かをもったいぶるかのように首を振ってみせる。「残念ながら、此処が何処だとか、私が誰であるかというのはSecret――機密事項であり、私の口からはきみに教えられない事になっている」
 残念だ、実に残念だ、と彼は繰り返し呟いた。
「……えぇと」
 未練がましく男性は残念だと繰り返して、話がしたいことを主張しているようだったが、ハッキリと教えられないと言われたのだからそれ以上は追求しない。同じ事を繰り返すだけ時間の無駄である。うずうずしている男性に、此処は何処だとか貴方は誰なんだとか、しつこく聞き続けたら「仕方ないな」と前置きをして嬉しそうに話してくれるような気もした。けれども、そんなやりとりをするだけの忍耐力を僕は持ち合わせていない。
「では、その……何だったら教えてくれますか?」
 僕はそう尋ねる。
 これが夢でないのなら、
 ここは現実なのだから。
 僕は握り締めたままのメモを見る。
 ここが現実であるのなら、

 ――試験はもう、始まっているのだ。

「良い質問だ」
 彼はにっこりと笑う。
「それに実に良いEye――瞳をしているね。……私ならば試すことなくきみを迎え入れるのだが、きみの担当は私じゃないからね。残念なことだよ」彼は残念そうな素振りを微塵も見せずにさらさらと言葉を紡いだ。「まぁ、彼は彼で、きみのことに期待しているみたいだけれどね」
 そう笑って、男性はどこからともなく冊子を取り出した。彼はそれを持った左手を、自らの顔の高さまで持ち上げる。
「きみに課せられたのは、とある村の異変についての調査だ」
 ぱさりと、テーブルに冊子を置き、僕の方へ差し出す。
「……きみは、テイラーについて知っているかい?」
 僕が頷くと、彼は満足げにアゴを撫でた。
「Great! やはりきみには見込みがあるよ」
「……はぁ」
 曖昧に頷く僕を励ますかのように、彼は笑ってみせる。どうして僕がテイラーについて知っているかは話題には上らず、彼は相変わらずの飄々とした調子で続けた。
「調査を必要としている村の状況はその冊子に書いてある通りだ。きみに与えられたMission――任務についても同様だが、一応説明を聞いていくかい?」
「任務ですか?」
 試験ではなくて? と思わず僕が聞き返すと、彼は宙で両手を前に押し出した。動作で語る『まぁまぁ』の意味。
「TestとMissionはイコールで繋がれているのだよ。実戦により近い状況で、きみの能力を試す。彼の思惑はそういったところじゃないのかな」
「僕が試されるのは当然だと思います。その方法に文句は言える立場じゃないという事も理解していますが、……でもその、いきなり任務というのはどうなんでしょうか?」
「どう? 嗚呼、安心したまえ。試験用の任務は、こちらのメンバーが演じている紛い物ではなく本物の任務だよ」
「……ですから、それが問題なんじゃないかと」
 ふむ、と彼は頷いてみせる。
「きみは、どこが不満なのかな?」
 試験用の任務が本物である。それに何か問題でも? そう言いたげな様子で彼は首を傾げた。本気だったとしたらタチが悪いんじゃないだろうか。
「僕が失敗したらどうするんです? その任務が、仮想の任務なら問題ないですけど、本物だからこそ僕が失敗したら大変な事になってしまいますよ」
「おやおや。失敗することを前提に話を進めるとは、きみは見た目通りの謙虚な性格なのかな?」やれやれ、と言った具合に彼は首を振ってみせる。「試験をStartする前から失敗する話をするというのは、個人的にはいただけないが……。まぁ、試験官は私じゃないから問題はないだろうね」
 試験官がこの場を見ていない事を祈りながら、僕は辺りの気配を探ってみた。薄暗い部屋からは、目の前にいる彼以外の気配を全く感じられない。
 その事を不思議に思っている間にも、彼はさくさくと話を進めていく。
「だがまぁ、その辺りはNo problem。試験官であるテイラーが既に潜入しているからね。きみの任務の評価をしつつ、きみが失敗した場合の尻拭いも彼が行うことになっている。だから、きみはきみの実力を存分に発揮することだけを考えておけばいい」
 そう言うと、彼は唐突に、僕に何かを投げて寄越した。僕はそれを咄嗟に両手で受け取る。それから、手の平に転がし、受け取ったものを確認した。
 透明の石だった。ガラス玉のようなそれは、何の光も浴びていないというのに、僕の手の平の上でキラキラと七色に輝いている。
「ルチルクォーツ――マジックストーンとでも言った方が理解しやすいかな? テイラーなら、誰でも所有しているものの一つだ」僕が尋ねる前に、彼は芝居がかった口調で語り出す。「ルチルの能力は主に二つ。言語の調整と、身体能力の強化だ。文字通りMagicStoneであるルチルを持てば、どの世界の言葉も自由に理解出来るようになるし、任務に不可欠な潜在能力を意図的に引き出すことが出来る。これはそんな、貴重かつ危うい力を持つ物だからね。壊したり、失くすことのないようにしてくれたまえ」
「……ちなみに、ですけど」
「失くしたらどうなりますか、かい?」僕が全てを言い終わらない内に、彼は僕の言葉を引き継ぎ、ため息をついた。「ルチルがなくなれば、きみは誰とも会話が出来なくなる。それだけでもう、TheEND――任務達成は不可能。よって、きみの試験の不合格が確定する。ルチルの方は、……まぁ、試験官がちゃんと回収するだろうから、拾った誰かに悪用される心配はしなくていいだろうね」
 僕は思わずルチルを握り締める。小さ過ぎて上手く握れないような大きさのルチルが、この試験の命運を握っているとなると、ポケットにしまっておくわけにはいかないだろう。どうやって持ち運ぼうかと考えながら、テーブルに置かれた冊子を手に取った。
「それでその、任務というのは……?」
「おや、聞いていくのかい?」
 男性は再び紅茶を楽しもうと、ティーカップを傾けていたところだった。タイミングが悪かっただろうかと、ひやひやする僕だったが、そんな心配を気にする事無く彼は言った。
「Missionは単純。とある村についての調査だ。調査内容は、村で起きている異変についてであり、その原因を突き止めることがきみの任務になる」
「……突き止めるだけで良いんですか?」
「どうだろうね?」彼は僕と同じように首を傾げた。「私は試験官ではないし、詳しい話も聞いていないからね。断言は出来ないが、これが試験であるなら、その辺りの判断もきみに任せているのではないかな?」
「……はぁ」
 曖昧な答えをどうでも良さそうに返された。これから重要な試験を受ける身である僕からしたら、もう少しきちんと答えて欲しい所なのだが、試験官ではなくとも関係者である彼に強い態度に出る訳にもいかず、仕方なく冊子に目を落とした。冊子の表紙には、シンプルに『ビヨルク村の異変について』とだけ書かれている。見覚えのない名前だ。
 僕はルチルを握り締める。言語調整も可能なこの石を渡されているのだ。これから向かう場所は、僕の育った世界とは、別の世界の村なのかもしれない。
「ビヨルクにはどうやって行けば良いんでしょう?」
 パラパラと冊子をめくりながら僕は尋ねる。該当する項目は今のところ見つかっていない。
「この部屋を出て、真っ直ぐに歩いたら辿り着くよ」
「……真っ直ぐに?」
 そんな近くにあるのだろうか? そう疑問に思ったが、深く考えない事にした。
『常識なんてね、曖昧なものは通用しない場所なんだ』
 テイラーについて教えてくれた人は、そう言って笑った。
 だから、常識の域で考えても無駄なのだろう。
 無駄な事に、時間を割く主義ではない。
 パラパラと冊子をめくる。書かれていたのは事件の詳細についてだけであり、僕が何をどうするかまでは指示されている様子はない。
「試験の時間制限はあるんですか?」
 そう聞かれた彼は、やはり首を傾げていた。
「終了時間は決まっていないんじゃないかな? 開始時刻は決まっているけどね」
 その言葉に僕は目を丸くする。てっきり、試験は既に始まっているとばかり思っていたのだが。
「ではその、開始時刻というのは……?」
 そう尋ねながら、僕は今が何時か分からない事に気がつく。それとなく室内を見回したが、部屋の壁は本棚で埋まっているため時計のかけられるスペースはない。彼の後ろにある窓の日差しからすると夕方なのだろうが、正確な時間を知る方法は僕にはなかった。
「それは私が決めることではないからね」
 彼はのんびりとした様子でそう答えた。何度も曖昧な答えを返され続けると、本当に彼が試験の関係者なのか不安になってくる。
「試験が始まれば、きみは否応なしに単独行動をしなければならなくなる。聞いておきたいことは今の内に聞いておくべきだよ」
 彼はそう言ったが、何を聞いてもロクな回答は得られないような気がした。返って来た答えはどれも曖昧なものだったし、一番最初に『自分の口からは言えない』と釘を刺されている質問だってある。
 かといって、質問をして良いと言われているのに、手渡された冊子を念入りに確認するという空気を読まない態度が僕にとれる訳でもなく、思い沈黙に耐える事も出来ない僕は、「この部屋は不思議な場所ですね」とあたり障りのない世間話を始めるしかないのである。
「そうかい?」僕の話に彼は反応してくれた。「私にとっては慣れ親しんだ場所だからね。別段、不思議とは思えないが」
「インテリアの配置とか、そういうのは個人の自由ですから、僕がどうこう思う立場じゃないですよ」壁一面本棚というのは、僕の常識ではかなり逸脱している光景だったが、それに口を挟もうとは思わないし、そういうものだと納得することは出来る。「でも、なんていうんでしょう。部屋の雰囲気が独特なような気がするんですよね」
「ふむ」と、彼は頷く。
「此処って、凄く静かですよね」
 この部屋には、僕と彼しかいない。だから、会話の途切れる僅かな時間が静寂に包まれるのは仕方のない事なのかもしれない。
 けれども、それはこの部屋に限った話である。
 この部屋の外には、誰かがいる。彼が一人暮らしだったり、同居人が留守で、この家に彼しか存在していなくても、この家の外には誰かがいる。
 そういった音もなく、気配すらないというのは、不思議というよりも不気味なのだ。
「随分静か過ぎるような気がするので、不思議だなぁと」
 人里離れた場所にこの家があるのかもしれない。それでも、何かしらの音がすれば、気配もある。
 全くの無音に、気配を断つ事など、意図しなければ作り出せない状況である。
「きみの面談があったからね。その準備のせいかな」
 彼はそう笑って、紅茶で喉を潤していた。
「さて、きみの確めたいことは、この部屋の静寂の理由だけかな? それよりも、私には、きみには聞くべき事柄が沢山あるように思えるんだけれどもね」
 どこかそわそわした様子で彼は言う。
「そう言われましても……」聞きたい事に関しては、既に彼自身に釘を刺されてしまっている。「答えられないと答えられた事を聞く訳にもいきませんから」
「本当にきみは、諦めるのが早いね」
 彼は少しだけ声を低くして言った。
 別に諦めた訳じゃない。
 彼が誰であろうと、どういう存在であろうと、僕に問題が降り注ぐわけでもない。むしろ、彼が誰であり、どういう存在か知れば知るだけ、今後の自分にとって問題になりそうな気もするのだ。出来れば、関わりを持ちたくない。
 とはいえ。
 誰かの機嫌を損ねるのは嫌いだ。
 たとえそれが見ず知らずの――出来れば見ず知らずであり続けて欲しい変わった男性が相手であっても、その事実が揺らぐことはなく、変わるはずもなく――。
 不満をあらわに、それでもどこか期待するような視線を向けられては答えない訳にはいかない訳で。
「――貴方は、誰なんですか?」
 搾り出すような僕の声は、窓を叩く音に掻き消された。彼の背後にある、唯一光の差し込んでくる窓を風が叩いている。
「おやおや、そろそろ時間のようだ」風は見る見る強くなり、窓を叩く音も比例して強くなる。「資料の冊子は握ったかい? ルチルもしっかり握り締めるんだよ」
 風は強くなる一方だった。彼は声を大きくして、窓の音に邪魔されないように言う。僕は窓の音に勝てる気がしなかったので、それに頷いて答えた。
 風と音はどんどん強くなる。案の定、窓が風に負け、勢い良く内側に開いた。室内に風が流れ込む。僕はその風に飛ばされそうになり、必死にソファにしがみついた。
 けれども、目の前の彼は平然とした様子で笑っていた。これだけ強い風が吹いているのに、彼の被ったシルクハットは飛んでいかないし、髪の毛一本乱れる事もない。
 よく見れば、部屋の中もそうだった。これだけの強風が吹き込んでいるというのに、本棚の書物も、高そうなティーカップも何一つ影響を受けていない。しがみついたソファだって、床に固定でもされているかと思うくらいにしっかりとしている。
 風の影響を受けているのは、完全に僕だけだった。
 バタンと、背後で音がした。ソファにしがみつきながら首を回すと、背後で扉が開いている。けれども、開いた扉の先には、白い光が広がるだけで、何の景色も見えなかった。
 やっぱりこれは夢なのだろうか。ごうごうと唸る空気の塊を肌に感じながらも僕はそう思った。
 常識が通じるとか通じないとか、そんなレベルじゃないだろうと、僕は思い出の中の彼に叫ぶ。
「恐れることはない」
 燕尾服の彼は、風の音を掻き消すような声で静かに言う。
「きみはきみの実力を信じて突き進めば良い」
 そんな難しいことを彼はさらりと言って立ち上がる。
 両手を広げる彼は、堂々としていた。やはり風の影響を受けていない。二本足でしっかりと立っている。
「Good Luck! 幸運を祈るよ」
 彼がそういうと、風の勢いが一段と増した。ソファにしがみついていた指が一本ずつ取れていく。
「そうそう。きみの質問に答えるのを忘れていたね」
 彼はのんびりと前置きして、
「私は名探偵――」
 男性の声はそれ以上聞こえなかった。
 体が浮いた。そう思った次の瞬間には、視界は真っ白になり、僕の周りからあらゆる音と気配が消えてなくなる。
 全てが、真っ白になった。


    ◇◆◇


「常識なんてね、曖昧なものは通じない場所なんだ」
「ふぅん。それじゃあ、大変じゃない?」
「大変かもしれないけど、面白いよ?」
「面白い?」
「面白くて、楽しい。毎日がわくわくする」
「ふぅん……」
「それにほら、色んな出会いがあるから」
「出会い?」
「そうだよ。だって――」


    ◇◆◇


 世界に色が戻っていく。
 気がつけば、別の場所に僕はいた。
 どこかの森の中のようだ。目の前にはささやかな道が存在している。人が通る場所だけ、草が生えてこないから出来ているような、そんなささやかな道。
 昔の事を思い出していたような気がしたけれど、きっとそれは些細な事だ。僕は目の前の事に集中する。
 握り締めたルチルと冊子。その存在が、曖昧な思考をハッキリと現実に連れ戻した。
 試験が始まった。
 誰に言われなくとも、僕はそう理解する。
 此処は既に、燕尾服の彼がいた場所ではなく、任務の目的地であるビヨルク村周辺なのだろう。
『テイラー採用試験』
 叔父のイタズラなんかじゃなかった。常識では測れないこの状況は、間違いなくテイラーの採用試験なのだろう。僕は辺りを見回す。視界にあるのは、自然の豊かな緑色だけ。赤い糸の姿は何処にもない。
 赤い糸。
 ここでいう赤い糸とは、運命の人を繋ぐ糸とは全くの別物だ。世界の源とも言われる赤い糸は、様々な理由で世界から溢れ出す。その糸の状態を調節し、糸による影響を正すのが〝テイラー〟の仕事である。
 糸の影響力は凄まじい。糸に触れれば何かしらの異変が起きる。ほとんどの場合、その異変は悪いものだ。それに、糸は触れずとも、存在するだけで世界に影響を与える。
 赤い糸は、化け物を呼ぶ。
 クリートと呼ばれる化け物は、人を襲う事もある。
 その化け物を退治するのも〝テイラー〟の仕事だ。
 この試験が、本物の任務であるのなら、村の異変は糸が原因だという事だ。
 糸のあるところにクリートあり。
 クリートは糸に群がる。彼らとの遭遇は、頭に入れておかなければならない。こんな事なら武器の一つや二つ持ってこればよかったと、僕はため息をついた。
 幸い、この辺りに糸の姿は見当たらない。化け物を呼ぶ糸は、人の目に映らない事が多いそうだ。僕が糸を見る能力があるかどうかは知らないが、ルチルを持っているのならば嫌でも見えるようになっているのだろう。
 身体能力の強化。
 テイラーには必要不可欠な、糸を見る力もルチルが引き出してくれるのだろう。
 僕は手の平の上にあるルチルを眺める。透きとおったルチルは、薄っすらと僕の顔を映していた。
 ルチルに映った僕の顔は、いつも通りの顔だった。もう少し不安げな表情でもしているかと思ったが、意外と図太い性格をしていたらしい。
 それから、右手に握っていた冊子へと目を落とす。
 試験だから失敗しても大丈夫。そんな風に思う事を許さないといった具合に、この任務は本物だという。新人でもない僕に任務を一存するのはどうかと思ったが、それが試験官からの期待であるなら、僕はそれに答えなければならないのだろう。
「……期待、ね」
 一体何に期待しているのだろう。
 僕の何に期待しているのだろう。
 それから思う。
 試験官は、僕の事を知っているのだろうか。
 だからこそ、要らぬ期待を抱いているのだろうか。
「……考えすぎ、だよね」
 頭を振る。余計な思考は、少しだけ何処かへ消える。
 気にする必要はないと、自分に言い聞かせる。試験官が誰であれ、何を期待していたところで、僕はテイラーにはならないのだ。
 必要なのは試験に受かるだけの実力がある事を証明する事であり、試験に受かる必要はない。
 そんな事を口にしてしまえば、叔父には殴られそうだったが、仕方ない。惜しいところで試験に落ちて、不満を散々ぶつけられながらも叔父の下で働く。僕が望んでいるのはそんな展開なのだから。
 そんな展開、だったのだが。
 ビヨルク村。
 見た事も聞いた事もない地名。そこに誰が住んでいるかなんて勿論知らないが、僕の試験で、僕の行動でそこにいる何処かの誰かは笑ったり泣いたりする結果になるのだ。
 その重みを考えるだけで嫌気がした。
 こんな事なら、採用を渋る叔父に食って掛かればよかったと、数日前の自分を呪った。後悔する事は僕の日常茶飯事だったが、流石に今回の後悔は桁が違う。
 出来れば今すぐ逃げ出したかったが、異世界であろうこの場所から、元の世界に戻る方法なんて僕は知らない。逃げる事を許されないのであれば、嫌でも何でも進むしかない。
 僕は冊子を開く。村がどれだけの距離にあるかは分からないが、これを読み終わるころには着くだろう。
 任務に必要な情報を頭に叩き込みながら、僕は歩く。

 真っ直ぐ、進む。


(4P~13P)

 

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2011/08/07 Sun. 16:11 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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